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Märchen im Taschenbuch-Format ☆岩波文庫『赤い鳥傑作集』より「二人の兄弟 (一 榎木の実)」作 島崎藤村 [童話]

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「二人の兄弟」 島崎藤村

一 榎木の実

 皆さんは榎木の実を拾ったことがありますか。あの実の落ちて居る木の下へ行った
ことがありますか。あの香ばしい木の実を集めたり食べたりして遊んだことが
ありますか。

 そろそろあの榎木の実が落ちる時分でした。二人の兄弟はそれを拾うのを楽しみ
にして、まだあの実が青くて食べられない時分から、早く紅くなれ早く紅くなれと
言って待って居ました。

 二人の兄弟の家には奉公して働いて居る正直な好いお爺さんがありました。この
お爺さんは山へも木を伐りに行くし畠へも野菜をつくりに行って、何でもよく
知って居ました。

 このお爺さんが兄弟の子供に申しました。
「まだ榎木の実は渋くて食べられません。もう少しお待ちなさい。」とそう申しました。

 弟は気の短い子供で、榎木の実の紅くなるのが待って居られませんでした。お爺さんが
止めるのも聞かずに、馳出して行きました。この子供が木の実を拾いに行きますと、
高い枝の上に居た一羽の橿鳥(かしどり)が大きな声を出しまして、
「早過ぎた。早過ぎた。」と鳴きました。

 気の短かい弟は、枝に生って居るのを打ち落すつもりで、石ころや棒を拾っては投げ
つけました。その度に、榎木の実が葉と一緒になって、パラパラパラパラ落ちて
来ましたが、どれもこれも、まだ青くて食べられないのばかりでした。

 そのうちに今度は兄の子供が出掛けて行きました。兄は弟と違って気長な子供でした
から「大丈夫、榎木の実はもう紅くなって居る。」と安心して、ゆっくり構えて出掛けて
行きました。兄の子供が木の実を拾いに行きますと、高い枝の上に居た橿鳥がまた
大きな声を出しまして、
「遅過ぎた。遅過ぎた。」と鳴きました。

 気長な兄は、しきりと木の下を探し廻りましたが、紅い榎木の実は一つも見つかりま
せんでした。この子供がゆっくり出掛けて行くうちに、木の下に落ちて居たのを皆な
他の子供に拾われてしまいました。

 二人の兄弟がこの話をお爺さんにしましたら、お爺さんがそう申しました。
「一人はあんまり早過ぎたし、一人はあんまり遅過ぎました。丁度好い時を知らな
ければ、好い榎木の実は拾われません。私がその丁度好い時を教えてあげます。」
と申しました。

 ある朝、お爺さんが二人の子供に、「さあ、早く拾いにお出でなさい、丁度好い時が
来ました。」と教えました。その朝は風が吹いて、榎木の枝が揺れるような日でした。
二人の兄弟が急いで木の下へ行きますと、橿鳥が高い枝の上からそれを見て居まして、
「丁度好い。丁度好い。」と鳴きました。

 榎木の下には、紅い小さな球のような実が、そこにも、ここにも、一ぱい落ちこぼ
れて居ました。二人の兄弟は木の周囲を廻って、拾っても、拾っても、拾いきれない
ほど、それを集めて楽みました。

 橿鳥は首を傾げて、このありさまを見て居ましたが、
「なんとこの榎木の下には好い実が落ちて居ましょう。沢山お拾いなさい。
序(ついで)に、私も一つ御褒美を出しますから、それも拾って行って下さい。」
と言いながら青い斑(ふ)の入った小さな羽を高い枝の上から落してよこしました。

 二人の兄弟は榎木の実ばかりでなく、橿鳥の美しい羽を拾い、おまけにその
大きな榎木の下で、「丁度好時」までも覚えて帰って来ました。

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* 榎  〔独〕Chinesischer Zürgelbaum 〔英]Chinese Hackberry

花には雄花と雌花があり、4月頃葉の根元に小さな花を咲かせる。
秋には花の後ろに、直径5-6mmの球形の果実をつける。
熟すと橙褐色になり、食べられる。味は甘い。



* 橿鳥 〔独〕Eichelhäher〔英]Eurasian jay

カケス(橿鳥、懸巣、鵥、Garrulus glandarius)
鳥綱スズメ目カラス科カケス属に分類される鳥。  


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